[14]はじめのころの患者さん

 大学病院にはむずかしい病気の患者さんが多く、第二外科はがんの患者さんがほとんどだった。ところがどういうわけか、ボクは良性の患者さんが2人続いた。

 1人は乳腺の嚢胞のうほうで、Tさんという30歳の女性だった。乳腺内にできた袋に液が溜まる病気で、中に良性の腫瘍もできていた。大きさはソフトボールくらいで、もっと早く受診していれば傷も小さくすんだのに、不安と恥ずかしさで、ずっと隠していたらしい。母親が見つけて、慌てて地元の病院へ行くと、すぐ大学病院へ行けと言われた。

「てっきりがんだと思って、心配で心配で」と、母親は良性と聞いたあとも不安がっていた。

 手術は嚢胞を切除するだけで、乳房は温存して、1時間余りで終わった。診断書に、指導医に言われた通り「巨大乳腺嚢胞」と書くと、あとで母親が困惑したようすでボクを呼び出した。

「すみません。診断書は会社に出すんですけど、田舎(兵庫県の山間部)なので、この病名が噂になったら困るんです。すみませんが、『巨大』というのを取ってもらえませんやろか」

 ボクは了解して、診断書を書き直した。通常、1cm前後で見つかる嚢胞が、ソフトボール大だったので、指導医は「巨大」とつけたのだろうが、患者さんにすればショックな言葉だったようだ。患者さんと医シャでは、言葉の印象がまるで異なると知った一件だった。

 もう1人は、正中けい嚢胞という顎の下にできる腫瘤で、Nくんという9歳の男の子だった。黒目のクリクリした明るい少年で、ボクとはすぐ仲良くなり、病室でしりとりをしたり、いっしょに屋上で遊んだりした。退院のときにはメモ用紙の手紙をくれ、それは今も残してある。

 Nくんの手術も嚢胞を取るだけなので、簡単に終わった。がんだと周囲のリンパ腺の郭清かくせい(まとめて取り除くこと)や、切除範囲の決定なども必要なので、手間はかかるが、勉強になる。だから熱心な研修医は、がん患者の受け持ちを喜ぶが、ボクは良性の病気がありがたかった。手術も検査も簡単だし、なにより死を意識しない分、気が楽だからだ。

 しかし、そうも言っておれず、ボクにもがんの患者さんが割り当てられた。Nくんの次に受け持ったのは、Iさんという甲状腺がんの患者さんで、先に受け持ったMさんほど美人ではないが、目の感じがMさんにそっくりだった。偶然かなと思ったが、バセドウ病(甲状腺機能亢進症)では“眼球突出”という徴候もある。もしかしたら甲状腺がんも目に関連があるのかもしれないと思っていたら、別の研修医の受け持ちで、同じような目の患者さんがいたので、病名を聞いたらやっぱり甲状腺がんだった。

 指導医に話すと、アホかという顔で否定されたが、外見に徴候が現れる病気は、実は少なくない。たとえば“バチ状指”(太鼓のバチのように先が膨れる)は、肺気腫や慢性気管支炎の徴候だし、“スプーン爪”(スプーンのように反った爪)は鉄欠乏性貧血を示唆する。肝硬変では手の平が赤くなる“手掌紅斑しゅしょうこうはん”や、小さいクモのように見える“クモ状血管腫”が現れ、男性の場合は“女性化乳房”といって胸が膨れたりする。高コレステロール血症ではまぶたに“黄色腫おうしょくしゅ”という扁平な隆起ができるし、膠原病こうげんびょうのSLEや、ヘルペス感染症の突発性発疹ほっしんでは、顔に赤いチョウチョが貼りついたような“蝶形ちょうけい紅斑”が出る。先天性梅毒(母親の胎内で感染した梅毒)では、“ハッチンソン歯”と言って、歯の下縁が半月状に凹む徴候があるし、唇に黒い色素沈着が起こるポイツ・イェーガー症候群(胃腸に多数のポリープができる)などもある。

 これらはすべて学生時代に習ったが、現場で活用されることは少ない。徴候に目を光らすより、血液検査やCTスキャンなどの画像診断のほうが、よっぽど早く正確に診断できるからだ。

 すべての徴候は、だれか診える医シャ・・・・・・が見つけたものだ。甲状腺機能亢進症だって、それまでも多くの医シャが診察していたはずだが、眼球突出と結びつけたのはカール・アドルフ・ファン・バセドウだけだった。バセドウ先生が偉かったのは、甲状腺ホルモンが計れるようになる以前にこの徴候を発見したことだ。なぜ、わかったのか。それはバセドウ先生が診える眼・・・・の持ち主だったからだ。

 かつて検査が未発達だったころ、医シャはきっと患者の徴候に目を凝らしていたのだろう。今はなまじ便利な検査があるため、医シャが患者をあまり診なくなった。

 このことは、ずっと頭に引っかかっていて、その後もボクは患者さんの外見を注意して見た。もちろん、それで病気が見抜けるようにはならなかったが、後年、『無痛』という小説で、外見の徴候からすべての病気を診断できる名医・為頼英介を構想するのには役立った。