[38]第一外科と第二外科

 ボクが研修医だった当時、阪大医学部の外科は、第一外科と第二外科に分かれていて、隠微なライバル関係にあった。隠微なというのは、表向き、どちらも相手など眼中にないという素振りをしていたからだ。

 第一外科は心臓外科、呼吸器外科、一般外科、小児外科の4グループに分かれていて、それぞれにチーフがいた。メインは心臓外科で、当時の川島康生やすなる教授を含め、歴代の教授は心臓外科医だった。だから、第一外科と言えば心臓外科のイメージが強く、医局内でも心臓外科グループが幅を利かせていた。

 心臓のトラブルは、患者さんの死に直結するため、手術の前後は厳重な監視が必要で、緊急性も高く、心臓外科医は常に臨戦態勢、すなわち多忙を極める状態だった。研修医も同様で、何日も病院に泊まり込みを続けたり、早朝から深夜まで仕事に追いまくられたりで、ほとんど人間的な生活ができないというのが通り相場だった。

 一方、第二外科はがんの手術が中心で、食道・胃グループ、肝・胆・膵グループ、大腸・直腸グループ、乳腺グループ、甲状腺グループ、血管グループの6つに分かれていた。メインは消化器で、こちらは心臓に比べると命に関わる度合いも少なく、緊急性もさほど高くないので、第一外科より楽ではないかというのが、ボクが第二外科を選んだ理由だった。

 実際、第二外科の研修医は、空き時間に卓球をしたり、喫茶店で休憩したり、屋上でキャッチボールをしたりする余裕があったが、第一外科の研修医たちは、いつも顔を引きつらせて病棟や医局を走りまわっていた。

 一度、エレベーターで、第一外科の研修医を引き連れた指導医(クラブの先輩でよく知っている人)といっしょになったが、ボクが結婚していることを話すと、こう言われた。

「第二外科はええのぉ。第一外科の研修医は、結婚するヒマのあるヤツなんかおらんぞ」

 それくらい第一外科の研修医は多忙だった。休息もままならない過酷な環境で、研修医たちを支えていたのは、エリートとしてのプライドではなかったろうか。たしかに、第一外科と第一内科は、大学病院内でもエリートの雰囲気が強かった。エレベーター内での指導医の口調も、たぶんに揶揄を含んでいて、オレたちは研修の緩い第二外科とはちがうんだという空気が、濃厚に漂っていた。

 第一外科と第二外科では、つまらない意地の張り合いもあった。

 絶食でも十分な栄養を補える“中心静脈栄養”をどう呼ぶか。第一外科は、「IVH」(Intravenous Hyperalimentation=静脈内高栄養の略)と呼び、第二外科は「TPN」(Total Parenteral Neutrition=総合非経口栄養の略)と呼んでいた。第一外科のほうが先行していたので、何となく「IVH」のほうが優勢だったが、第二外科でうっかり「IVH」と口にすると、指導医に怒られた。

「中心静脈栄養は、トータルな栄養で、ハイパー(過剰)な栄養ではない」というわけだ。こじつけくさいと思っていたが、今はTPNのほうが優勢らしい。

 第二外科には心臓や肺の手術ができるグループはなかったが、第一外科には消化器や乳腺の手術ができる「一般外科」というグループがあった。これは第二外科にとってはおもしろくない状況だった。第二外科では細かく分かれている消化器と乳腺のグループを、第一外科では一まとめにして扱っているのだから。

 しかし、その分、手術の実績には大きな差があった。たとえば、食道がんの手術では、食道を切除したあと、胃を管状にして、首の近くで吻合するが、余裕のない状態でつなぐので、もれることがよくあった(吻合不全という)。こうなると、絶食期間を延ばして閉じるのを待つか、再手術で吻合しなおさなければならない。

 第一外科でも第二外科でも、年間の吻合不全はだいたい5例ほどと言われていた。しかし、食道がんの手術件数は、第一外科が年間10例ほどなのに対し、第二外科は50例ほどあった。つまり、吻合不全を起こす率は、第一外科が5倍ほどあったということだ。

 それは当然で、手術は症例数が多ければ多いほど、外科医の腕も上達する。第一外科の一般外科グループは小所帯で、胃がんや大腸がんも扱っていたので、食道がんの症例数が少なかった。それがこの吻合不全の発生率につながっていたのである。

 後年、ボクが大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)の麻酔科に勤務したとき、第一外科出身の医者が食道がんになって入院してきた。第一外科出身の医者なら、当然、大学病院の第一外科に入院すべきだが、吻合不全のことを考えると、躊躇したのだろう。しかし、だからと言って第二外科に入院するわけにもいかない。

 そこで、第二外科の関連病院である成人病センターに、こっそり入院したというわけだ。

「大学病院は何でもできるデパートで、成人病センターは専門店だと思ってるんですよ」

 苦笑いをしながらそう取り繕っていたが、その医者の顔には、第一外科の食道がんの手術は信用できないと書いてあった。

・追記

 同じ分野の病気を別々の科で扱うのは不合理なので、現在は第一外科の消化器疾患グループと、第二外科のそれは統合されている。第一から第四に分かれていた内科も同様で、専門分野ごとの内科に再編されている。今も高齢の医局員には派閥意識が残っているようだけれど。