[35]インオペのこと

 インオペとはinoperable、すなわち手術不能のことである。

 がんの手術でインオペと判断されるのは、たとえば、ほかの臓器に転移があるとき。この場合は、原発巣だけ切除しても、意味がないだけでなく、手術の影響で急激に容態が悪化して、逆に余命を縮める危険性もある。

 今はCTスキャンやMRIなどの画像診断が進んでいるので、他臓器への転移はかなりの精度で事前にわかる。しかし、当時はそこまでわからず、腹を開けてはじめてわかるケースも少なくなかった。

 今ひとつの理由は、がんが重要臓器に癒着していたり、太い動脈を巻き込んでいたりして、切除が危険を伴う場合。他臓器への転移なら、インオペの判断は早いが、癒着や巻き込みの場合は意見が分かれる。慎重なベテランの外科医は、「これはインオペにしたほうがいい」と消極的な態度を見せるが、強気な若手は「いやいや、引き下がる理由はどこにもない」などと、強引に手術を続行させようとする。

 研修医のボクはもちろん判断のしようがなく、指導医たちの議論を横で聞いているしかなかったが、これは悩ましい状況だった。がんの手術なのだから、インオペになれば、がんは切除されない。しかし、無理に切除しようとすると、重要臓器の損傷や大出血の危険があり、手術関連死(手術後30日以内の死亡)になる可能性がある。目の前の死を避けるために、がんを取らずにおくか、命の危険を冒してでも根治を目指すか。

 がんの患者さんや家族からすれば、危険を冒してでも、がんの切除を望む人が多いだろう。つまり、強気な医シャのほうが頼もしく思える。しかし、なんとなくだけれど、強気な医シャは、患者さんを救うために手術続行を主張しているというよりは、自分が手術をしたいがために、ゴーサインを出そうとしているのではないかと思われるときもあった。外科医にとって、手術件数は実績であり、数をこなすほうが腕も上がるし、困難な手術に挑戦するというヒロイズムもあるからだ。

 現場ではしかし、慎重派が勝ちを収めることが多かった。無理な手術をして、患者さんが亡くなった場合、責任問題が生じる危険性があるからだろう。いや、それ以前に、そんな重要臓器に癒着していたり、太い血管を巻き込むくらい進行したりしているがんは、細胞レベルで全身に広がっている可能性が高く、見えているがんだけ切除しても、結局は患者さんを救えないケースがほとんどだと、経験的にわかっているからだろう。

 腹部のがんの手術は、順調に進んでも34時間はかかり、大がかりな手術の食道がんやすい臓がんになると、78時間かかることも少なくない。それがインオペだと半時間ほどで手術室から出てくる。早々に病棟にもどるということは、がんが切除できなかったことを意味し、家族には事前にインオペの可能性も説明してあるから、早くにもどってくると家族はがっかりする。

 しかし、患者さんは麻酔で眠っているからわからない。当時は、がんの告知がされていなかったが、薄々気づいている人もいて、暗黙のうちに手術に期待している。腹には大きな傷もあるから、当然、がんの切除は行われたと思っている。インオペは臓器を取るわけではないので、回復も早く、患者さんはたいていにこやかに退院していく。しかし、その後、がんが進行するにつれて、体調は悪化し、遠からず深刻な状況になる。そのとき、主治医や家族は苦しい状況に立たされる。嘘の説明でごまかしながら、患者さんの疑心暗鬼に向き合い、日々、死に近づく不安と焦りを目の当たりにしながら、最後は大事な家族の怒りと絶望に直面せざるを得なくなる。その苦難を考えると、やはり、あとのケンカは先にしておかなければならないと感じる。

 あるベテラン指導医に、「腹を開ける前にインオペかどうか、わかりますか」と聞くと、「だいたいわかる」という答えが返ってきた。検査でわかるのではなく、長年の外科医の勘のようなものが働くらしい。後にボクが「無痛」という小説を書くとき、外見からだけで病気がわかる医シャを主人公にするのに参考になった。

 手術前にインオペと判断されるケースもあって、ボクは3人経験した。1人は先に書いた肝転移のある食道がんの女性Mさん。1人は同じく食道がんで、高齢のため検討会で放射線治療の適応と判断されて、放射線科に移っていった男性。もう1人は、やはり高齢の男性Sさんで、当初は胃がんの診断だったが、開腹してみるとすい臓がんで、高齢のため根治術には耐えられないだろうということで、インオペとなった(開腹して診断が変わるなど、現代では考えられないことだが、当時はたまにあった)。

 このSさんは、ベテラン指導医の叔父で、年末から年始にかけて外泊をした。正月明けにもどる予定だったが、甥の指導医が、「このまま家にいると言ってくれたら、いいんやけどな」と言ったので驚いた。それは治療をしないということで、つまりはがんで死ぬことを受け入れることを意味するからだ。そのときはわからなかったが、高齢ですい臓がんなら、無理な治療をせず、経過を見るというのが当人にとってはもっとも好ましい判断だった。

 Sさんは、正月明けには病院にもどってきたが、結局、これ以上の治療は受けたくないと言って、退院していった。当時のボクは治療に未練があったが、今では賢明な判断だったと思う。