[23]残酷な説明2

 患者さんの病気が悪いものであるとき、医シャはどう説明すべきか。

 医学的なデータに従い、絶望的な状況をそのまま伝えるのでは、あまりにも配慮に欠ける。かと言って、いたずらに甘い希望を抱かせるのも、専門家としては不誠実だ。

 医シャもイヤな話はせずに、患者さんを励まし、勇気づけたい。そのほうが楽だし、自分も気持ちがいい。だが、それではただの親切な人になってしまう。専門家であれば、つらい気持ちを抑え、厳しい現実を踏まえて、言うべきことを言わなければならない。

 と、今では思う。だが、研修医のころのボクは、患者さんに悲観的な説明をする指導医を、残酷だと思っていた。なぜことさら悪い話をして、患者さんや家族を悲しませるのか。特に家族への説明には、厳しいことを言う指導医が多かった。

 食道静脈瘤で入院してきたMさんという女性のときもそうだ。まだ40代で、食道静脈瘤の原因は肝硬変だった。第二外科はがんの患者さんがほとんどだったので、肝硬変のMさんは、ボクにすれば気が楽な患者さんだった。

 肝硬変で静脈瘤ができるのは、肝臓の静脈に血が流れにくくなって、バイパスとして食道の静脈に血液が流れ込んで静脈が膨れるためで、血管の壁が薄くなるので、破れると大出血を起こす。それを防ぐため、手術ではバイパスから流れ込むルートを遮断する「食道離断術」というのを行う。器械吻合器を使うので、失敗のリスクは低いし、がんのときのようにリンパ節郭清などもしないので、手術時間も短い。

 楽観していると、手術前の家族説明で、指導医のK先生がこう言った。

「Mさんは肝硬変ですから、将来はむずかしい状況も予測されます。天寿をまっとうできない可能性も高いので、どうぞお身体をいたわってあげてください」

 説明を聞いていたのは、Mさんのご主人と中学2年生の娘さんだった。肝硬変という病気にそんな悪い説明を予測していなかったのだろう、ご主人は驚き、悲壮な表情になった。ボクも同じ思いだった。

 ご主人はいくつか質問をしたが、K先生は相手を安心させるようなことは言わなかった。そして、最後に娘さんにこう語りかけた。

「お母さんはあまり長生きできないんだから、しっかり親孝行をしてあげてね」

 うつむいて聞いていた娘さんが、耐えきれず涙をこぼした。どうしてそんな残酷なことを言うのか。ボクは不思議で仕方なかった。K先生もまた温厚で優しく、研修医にも親切だったからだ。

 説明を終えてから、ボクはK先生にそのことを聞いた。もともと口数の少ないK先生は、一言、「あの人はお酒を飲まんやろ」とだけ言った。

 勉強不足のボクには何のことかわからなかったが、後日、その意味を知った。アルコール性でない肝硬変の原因は、たいていC型肝炎ウイルスの感染だ。C型肝炎で肝硬変になったら、次は肝臓がんになる可能性が高い。その場合は命の危険が高まる。K先生はそのことを踏まえて、Mさんが天寿をまっとうできない危険性を示唆したのだ。

 娘さんはあのとき泣いたが、その後はきっとお母さんを大事にしただろう。Mさんが天寿をまっとうできる場合はいいが、仮に早めに亡くなっても、娘さんは精一杯、親孝行をしたはずだ。もし、娘さんがあの説明を聞かなければ、母親の寿命を楽観して、親不孝をしたかもしれない。それで思いがけず早い別れが来たら、どれほど悔やむことになるだろう。

 ご主人にしても同じだ。悲観的な説明はショックだったろうが、そのあとMさんとの日々を無駄にはしなかっただろう。残酷だと思えたK先生の説明は、実際には思いやりにあふれたものだったのだ。

 患者さんの病気が悪いとき、希望を持てるような説明を求める人は多い。悲観的な説明をする医シャは冷酷だ、思いやりがない、配慮に欠けると責められる。医シャも楽観的な説明で、大丈夫、きっとうまくいきますと、笑顔で言ってすませるほうが、はるかに楽で気持ちがいい。

 しかし、専門家なら、先を見越して厳しいことも言わなければならない。研修医のときにはわからなかったが、今は憎まれ役を引き受けるのも、医シャの仕事だと思う。