患者さんはたいてい自分の病気しか頭にないが、医シャはいろいろな病気を診るので、こう言うとひんしゅくを買うかもしれないが、自ずと病気に対する興味に軽重が生じる。特に外科医の場合は、いわゆる“大物”の手術に興味が集中する。
消化器外科領域で“大物”と言えば、まずは食道がんである。
食道は胸の奥、肺と心臓の後ろを通っているので、切除するためには胸の脇を大きく切らなければならない。さらには食道を取ったあと、食べ物の通り道を作るために、胃の小弯側を切除して管状にしたもの(「胃管」という)を横隔膜を越えて首の付け根まで持ち上げ、鎖骨の上を切開して、食道上部の断端とつながなければならない。従って、胸部、腹部、鎖骨上部と三カ所の皮膚切開が必要で、胃管を通すのも大変だし、断端の吻合も洩れやすいので、難度の高い手術とされていた。
しかも、症例数は胃がんや大腸がんに比べると少ないので、食道がんの患者さんは、外科医からすれば興味津々の存在だった。
ボクが受け持ちになったMさんは、60代後半で、ほっそりした慎ましやかそうな女性だった。入院の初日、ボクはMさんの病室に行き、自己紹介をしたあと、既往歴や現病歴を訊ねた。Mさんには食道がんであることは告げていなかったが、薄々感づいている気配があり、大学病院でなら最高の治療を受けられると思って入院してきたようだった。
だから、ボクも及ばずながら期待に応えられるよう、「頑張りましょうね」と励ましの言葉をかけたりした。
通常、大学病院に入院する患者さんは、手術前の検査をあらかた終らせてから入院するが、Mさんはなぜか腹部のCTスキャンの結果がまだ届いていなかった。入院の数日後に届いたが、見ると肝臓に転移があった。
翌日、治療法を検討するカンファレンスがあったので、ボクは新入院のMさんの紹介をした。前述の通り食道がんは“大物”なので、指導医たちは身を乗り出すようにして、ボクの説明を聞いていた。
ところが、腹部のCTスキャンのフィルムを出して、「肝臓に転移があります」と言ったとたん、その場にいた指導医たちが、えっというような顔になり、一気に潮が引くように患者さんに対する興味を失ってしまった。
「肝転移があるのか。なら、もういい」
ボクはまだ説明の途中だったが、司会の指導医に「もういい」と言われ、席にもどらざるを得なかった。わけがわからないので、となりにいた指導医に「どういうことですか」と聞くと、「肝転移があったら、インオペ(inoperable=手術不能)やろ」と言われた。
「それなら、どうなるんですか」
「一般病院に転院や」
えっと、今度はボクが声を出しそうになった。Mさんとは数日にすぎないが、すでに受け持ち医としていろいろやり取りもあって、すでに人間的な関係ができていた。それを手術もせず転院しろなどと、いったいどんな顔をして言えるのか。
戸惑っていると、指導医が「俺が紹介状を書いて説明するから」と言い、そのままカンファレンスは終った。
指導医の反応は素早く、Mさんはその日のうちにどこかの病院に移って行った。
指導医はボクにこうも言った。
「大学病院というところは、治る見込みのある患者を受け入れるところなんや」
がんが転移しているとか、再発した患者は診ないというわけだ。なんと冷たいと、当時のボクは憤りさえ感じた。
しかし、後年、医シャとして経験を積むと、指導医の言い分が妥当なことに思い当たった。転移や再発のある患者さんの治療は、別に大学病院でなくても、一般病院で十分に対応できる。かたや助かる見込みのある患者さんの中には、大学病院でなければ救えない人もいる。助からない患者さんが長くベッドを占領していたら、入院待ちの間にがんが転移する危険性もある。
もし、自分の大事な人ががんの診断を受けて、今なら助かるが、いつ転移するかわからないというとき、すでに助からないことが明らかな患者さんが、大学病院のベッドを占領していたら、どう思うだろう。一般病院でも十分な対応ができるのなら、早くそちらに移って、ベッドを空けてほしいと思わないか。
医療にはこういう優先順位が厳然として存在する。それを上手に理解してもらわないと、「医シャに見捨てられた」とか「病院から追い出された」という誤解による批判を招いてしまう。
しかし、何より自分の命が大事な患者さんに、こういう現実を受け留めてもらうのは、至難の業にちがいない。